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【特別寄稿】病識のない労働者への健康診断受診命令は可能か

【特別寄稿】病識のない労働者への健康診断受診命令は可能か

顔色が悪い、遅刻や欠席を繰り返す、ボーっとしている。上司がこんな部下の様子に気づいたとき、会社としてどう対応したらいいでしょうか。

会社から相談を受ける際、「いきなり精神科への受診を進めるには抵抗がある」「疲れてるんじゃないかと声をかけると即座に否定されてそれ以上何も言えなくなってしまう」という声を聞くことがあります。周りから見て明らかに不自然な様子でも、本人がそれを否定したときや病気の確証がないとき、それをどう本人に伝えたらよいのか難しいところです。

しかし、いくら本人が否定したり聞き入れなかったとしても、その裏に重大なメンタルヘルスの問題が潜んでいる可能性を排除できない以上は、会社は何等かの形で医療体制につなげることを目指して本人と話し合いを前提に慎重に進めていく必要はあると言わざるを得ません。

 

会社のメンタルヘルス不調者への対応の基本(気づく)

まずは会社におけるメンタルヘルス対策の基本を押さえておきましょう。会社は、まず社員の様子がいつもと違うことに「気づく」ことが重要です。気付くためには、社員の「いつもの状態」を把握しておくことが必要ですが、「いつもと違う」ことを見極めるためには以下のようなポイントが挙げられます。

①勤怠の様子(遅刻や早退が増える、無断欠勤や病気欠勤が増える)

②業務の様子(業務能率が低下している、ボーっとしていることが増える、ミスが増える、会話が減る)

③行動(表情に覇気がない、不自然な言動が目立つ、服装が乱れる)

会社のメンタルヘルス不調者への対応の基本(話を聴く)

次に会社に求められる対応としては「話を聴く」ことになります。会社は医師ではないので、本人の病名を診断することはできません。また予想で具体的な病名を出すことは、相手に警戒心や抵抗心を抱かせてしまう可能性があるため、「いつもと違った状態」「具体的な困った行動」に焦点をあてて言及するようにするのがポイントです。

例えば、声の掛け方も「鬱だと思うから病院に行っておいで」ではなく、「最近●●さんは以前と比べて会話も減っているし、以前はなかった提出物の遅れも目立っている。体調不良による遅刻欠勤もここ3か月で●回あったようだ。以前とは少し様子が違うようだけど、何か困ったことはないか。」という風に、実際の部下の行動に焦点をあててお話を聴くというスタンスをとるとよいでしょう。かたくなに何も話してくれない、という場合は1~2週間ほど継続的に様子を見て、後日改めて面談の場を設けるようにしてください。

会社のメンタルヘルス不調者への対応の基本(つなげる)

次いで会社の役割は「産業保健体制につなげる」ことになりますが、受診に対して本人が素直に受け入れてくれればいいのですが、現場ではここが一筋縄ではいかないケースもあるようです。

特に会社側から受診をすすめられると、「診断次第で退職を命じられるかもしれない」「まだ働けるのに無理やり休職させられるかもしれない」という警戒心が働くことも少なくありません。

「自分は大丈夫です」「まだ頑張れます」と色んな言葉で受診を拒否するケースは、どう対応すればよいでしょうか。まずは前述の「話を聴く」のステップを慎重に踏むことになるでしょう。実際のところ何を不安に思っているのか、話をすることで本人の不安を取り除けるケースもあります。同時に本人の言動や状態を観察しながら、早急に医療体制に結びつける必要があると判断しなければならないこともあるかと思います。こちらについては、上司が産業医に相談するなどして指示を仰ぐのも一つの方法です。

本人の同意が得られず、かたくなに受診を拒まれる一方で、会社としては当然に安全配慮義務がありますから、本人のいつもと違う状態、客観的にもメンタルヘルス不調が疑われる状況を把握しながら長期間放置することはリスクがあると言わざるを得ません。とすると、会社は健康診断の受診命令をもって健康診断を強制することができるのか、という疑問がうかびます。

健康診断の受診命令は可能か

過去の判例では、「就業規則に受診義務・受診命令等の規定がない場合においても、労働者は労働契約上、労務提供義務を負い、その履行のために自己保健義務を負っていることから、使用者が労働者に対してなす健康回復措置として専門医の診断を受けるように求めることについては、それが合理的で相当な方法である場合には労働者はこれに応じる信義則上の義務があるといえる」と示したものが参考になります(昭和61年京セラ事件)

すなわち、会社が負う安全配慮義務、そして労働者が負う労働契約上の労務提供義務のもと、メンタルヘルス不調が疑われる客観的で合理的な事由が認められる範囲で、医師による健康診断の受診命令を出すことは可能であると考えられます。

本人からどうしても健康診断受診の同意が得られず最終的に受診命令を出す場合は、期日、健康診断実施機関(出来る限り産業医や会社の指定医)、就業規則上の根拠規定などを明記してすることが望ましいでしょう。

なお、医師の健康診断の結果は、それをもとに休職を命じるのか、一定の有給消化や定期面談で様子を見るのか、などということを会社が個別に判断するために用いることになります。もしかすると健康診断を拒否する理由の中に、健康診断=必ず休職若しくは退職になるという間違った認識があるのかもしれず、医師の診断はあくまでも社員が健康に働くための相応の対応を検討するための判断材料である、ということを丁寧に説明することで、当人の理解につなげられるかもしれません。

メンタルヘルス不調者の発生に備えて

うつ病は生涯有病率が約 15%と、発症率が高く特殊な病気とは言うことはできません。

会社担当者は、社員の中にメンタルヘルス不調者が発生することに備え、産業医の確保、就業規則の受診命令規定、休職制度の有無、休職中の療養専念義務規定や復職の手順の規定などを事前に確認し、必要に応じて社会保険労務士などの専門家に相談しながら規程を整備しておかれることをおすすめいたします。

≪執筆者紹介≫ やくい社会保険労務士事務所 代表 藥井 遥氏

社会保険労務士/産業カウンセラー/キャリアコンサルタント/小学校教諭第一種免許

スタートアップ企業から中規模企業までの身近な相談先として労務顧問を請け負うほか、顧問先を対象とした業務のクラウド化・電子化支援やCUBICを活用した採用支援、両立支援制度の導入、助成金活用提案などの業務を行っています。

近年では職場環境改善による人材定着を目的とし、ハラスメントやメンタルヘルスに関わる組織内の問題に焦点をあて、研修や個別アプローチによる支援を行っています。





投稿日:2021.12.28
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